2015年4月1日水曜日

田沼意次の改革

江戸時代中期の老中を務めた田沼意次という人物の本を読みました。
tanuma.jpg
”あばれんぼう将軍で知られている8代将軍吉宗に登用され、9代将軍家重の時老中として実権を握った。
財政改革、経済政策を推し進める一方、金権政治の代表格として多額の賄賂をもらっていた。”

などが、一般的に言われている田沼政治です。
私は、中学の頃”印旛沼の干拓をした人”で覚えてた記憶があるくらい。

老中に気に入られようと各大名がこぞって賄賂を贈ったそうで、また平気で賄賂をもらい私腹を肥やしたということで、大変悪名高く言われています。私もがっかりでした。

でも、本によると全く逆のイメージで描かれていました。
幕府の財政悪化を立て直すべく日夜激務をこなし、賄賂でぜいたく三昧と思いきや、ぼろぼろの食器でわびしい食事だったとか。また、反田沼派から悪い噂を流されたり、命を狙われたり、実際に息子の田沼意知が江戸城で暗殺されたりしているのです。
田沼意次は士農工商の身分にとらわれない実力主義で人材を登用したり、鎖国をしているのに西洋の蘭学を奨励したりと、急な改革を行ったために、保守的で身分を守りたい武士から相当憎まれていたことが想像されます。

歴史の事実は一つしかないのに、立場や視点の違いで評価がまったく逆になってしまうのも恐ろしいものです。
これからの若い人達には、一方的な情報や見方だけでなく、いろんな情報を吸収して自分で考えるようになってもらいたいですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿